『大和登美山鼻高 霊山寺』 奈良市中町の富雄川沿いに位置する信仰と観光の聖域です。

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入山のご案内

入山拝観料

入山拝観料大人 500円(600円)小人 250円(300円)
団体割引(50人以上)大人 400円(500円)小人 200円(250円)

※ 小人=小・中学生
※( )内料金は、バラ見頃時期5月・6月・10月・11月の料金です。

入山のご案内

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  • 幸せを呼ぶ鐘

    幸せを呼ぶ鐘鐘の音が響き渡る浄土実現を願って、昭和63年建立された。鐘楼の鐘は三百貫。経典に「鐘槌一度打てば三千の聖衆雲の如く集り、鐘三度震えば四生の苦しみ氷の如く減除す。鐘声は般若の実智に類して長眠を驚覚し、長夜たちまちに暁けて生死の迷夢を破らしむ。洪鐘の功徳至って甚深なり」とあり善男善女の撞く妙音は三世十方に震鐘し、世界平和万民豊楽を擁護するものと信ずる。

  • 霊山寺山門

    霊山寺山門入口には大辯財天の朱塗りの大鳥居が立ち参拝者を出迎える。駐車場は120台駐車可。

  • バラ庭園

    バラ庭園昭和32年に人生の輪廻をテーマにして造園された4000m2(1200坪)の近代庭園。入口の方は母子像や兄妹のオブジェがおかれた子供の世界。中間はバラの女神を中心に、サムサーラ(輪廻)と名付けられた噴水が流れる成人の世界が展開し、奥は老人の世界として過ぎ去りし人生を顧見るバラの館プリエール(祈り)がある。
    200種類2000株のバラが5月中旬から1ヶ月間と10月中旬から1ヶ月間美しく咲き誇る。

  • 地獄洞

    地獄洞昭和31年3月に落慶したもので、白亜の八角洞内の壁面一帯に浮彫せる地獄の姿は、6尺角9面、高6尺、幅3尺が8面ほか扉2面という鉄筋コンクリート彩色レリーフである。西洋にはイタリーのミケランヂェロの最後の審判の壁画、又フランスのロダンの地獄門など世界的に有名な地獄の美術はあるが、東洋では地獄に関する絵巻物で、国宝になっているものはあっても、立体的なこのような大きい地獄の世界は初めての作品である。殺人が平気で行われるこの頃の世の中、親の恩義を感じない今の世の流れ、神も仏も信じられない、物資と利害の計算以外に、何物も考えない今の世の中に対して、せめて正しい心の息吹きを与え、また因果の恐ろしさを悟らしめるために、思想的に宗教的に人の心を支配した地獄の姿を、立体的に正法念処経通りに表すことによって、荒れすさんだ人の心に刺戟を与えたいというのが目的である。

  • 地蔵尊霊場

    地蔵尊霊場地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上界、これらの人間の生まれ変わる六道を守護くださる六地蔵尊と、息災健康、家内安全、祖先供養を願って奉納された8000体の地蔵尊を祀る。昭和60年に完成した。

  • 八十八ヶ所霊場

    八十八ヶ所霊場四国八十八ヶ所霊場の本尊を姿どおり、丸彫りの石仏に作り、一直線に祀る。
    各本尊の礼拝石の下には四国霊場の本堂の砂を納めてある。四国霊場巡拝のご利益がある。昭和46年に建設。

  • 八体仏霊場

    八体仏霊場生まれ年の十二支お守り本尊は、人々の一生をお守り下さる開運、厄除けの仏さまとして広く親しまれ、信仰されている。
    十二支と星座を組み合わせて、生まれ年えと生まれ日星座お守り本尊霊場として、原型制作より5年をかけ平成3年に完成した。

  • 大辯財天堂

    大辯財天堂弘仁時代弘法大使ご駐留の時大龍神の霊験を感得せられ、大龍神を辯財天として奥之院へ勧請されたが、当寺開創1200年辯財天の命令により、現世利益の道場として昭和10年新築する。本尊には辯財天の本地仏聖観世音菩薩を祀り、脇侍に不動明王、毘沙門天を祀る。

  • 黄金殿・白金殿

    黄金殿・白金殿◆大辯財天黄金殿
    昭和36年、大辯財天堂の奥本殿として新築された。本尊は弘法大師勧請の福徳開運商売繁昌の大辯財天である。鉄筋コンクリート造りの舞台の上に屋根桧皮葺総桧造り堂の内外に22回下地漆塗をなし、その上に3枚掛の金箔押を施し、堂の外側に硝子張りの囲いを取り付けたもので、奥州平泉の金色堂、京都の金閣寺と並んで日本三金殿の一つである。
    ◆白金殿
    大辯財天黄金殿と並んで昭和52年建立された。黄金殿と同形同大同姿の建物。鉄筋コンクリート造りの舞台の上に屋根銅板葺総桧造り、堂の内外に22回下地漆塗をなし、その上にプラチナの箔押を施し、堂の外側に硝子張りの囲いを取り付けたもので日本は勿論世界でも初めての白金のお堂である。こちらには大辯財天の大神通の霊感を受けられた円照尼と眷属大龍神を祀っている。

  • 本山寺務所

    本山寺務所ご朱印所。ご祈祷・御食事等の各種お申込もこちらにて承ります。

  • 鐘楼(重文)

    鐘楼(重文)桁行一間、梁間一間、袴腰付入母家造りの桧皮葺である。正面や斜面からの姿は均斉がとれて優美である。細部の手法から室町初期の創建とされる。
    梵鐘は寛永21年(1644)の鋳造で、霊山寺の沿革と鋳鐘の由来を伝えた史的価値の高いものである。

  • 本堂(国宝)

    本堂(国宝)鎌倉時代の代表的建物。弘安6年(1283)に改築。昭和17年解体修理を行う。本尊薬師如来、脇侍日光・月光菩薩は春日厨子内にあり秘仏・十二神将・二天王・大日・阿弥陀如来・行基菩薩・菩提僊那を祀る。桁行五間、梁間六間、一重入母家造り本瓦葺で一間の向拝がある。向拝の左右の柱上と、柱間に架けた虹梁中央の蟇股上との3か所に出組の組物を置く。蟇股内に薬壷を刻んだ細工の配慮がある。外陣、内陣、脇陣からなり、外陣は室内に柱がなく天井は折上小組格天井である。その下に額縁型の区画を設けその中に堅連子がある。正面三間は上が吹寄菱格子欄間、下には引き違い格子戸で内外陣を区画している。内陣の天井は外陣と同様で、連子窓に古材が遺っている。

  • 鎮守社殿(重文)

    鎮守社殿(重文)本堂の北の高台にあり、今は十六所神社として独立しているが、明治の神仏分離以前は霊山寺の鎮守社であった。 社殿は5棟並んでいて現在覆屋の中にあり南面して向かって左から春日社、住吉社、本社、龍王社、大神宮となっている。 中央の3社は棟木墨書に至徳元年(1384)の建立としるされており重要文化財に指定されている。 ことに本社の蟇股、木鼻などの装飾彫刻は巧みである。資料によれば応永年間(1394-1427)建立の優れた割拝殿があったが、明治末年破却されて失われたのは惜しい。

  • 三重塔(重文)

    三重塔(重文)三間三間の桧皮葺、総高17メートルの小塔で弘安6・7年(1283・1284)頃の建立と推定される。 鎌倉期の純和様式で、各重中の間板扉、両脇の間連子窓、組物もよく整ったその姿勢は華麗である。 初重内部全面に巨勢金岡筆と伝わる極彩色の壁画(非公開)がある。

  • 行者堂

    行者堂本尊神変大菩薩、不動明王、青面金剛を祀っている。平安時代当山の乗阿上人が理源大師に従って大峯山の再興に尽力し、大峯山方の正大先達の筆頭となられた。それ以来毎年9月15日柴燈護摩法要が厳修されている。

  • 菩提僊那墓

    菩提僊那墓天平8年(736)印度より来日された菩提僊那は霊山寺が釈迦の聖地霊鷲山に地相が似ているので名前を霊山寺と名付けるよう聖武天皇に奏上された。天平勝宝4年(752)東大寺大仏供養開眼師を勤め、天平宝字4年(760)2月25日大安寺にて僊化、3月2日登美山に葬られる。57歳。
    昭和62年石塔及び埋葬地と伝えられる場所を発掘調査するも、没後500年供養塔であった。

  • 開山大師堂

    開山大師堂古くは開山行基菩薩を祀っていたが、江戸時代より弘法大師を本尊とし、歴代徳川将軍の位牌を祀る。 昭和28年に改新築された。

  • 奥之院

    奥之院本堂より西約1km。原始林に囲まれ、渇れることない谷川に面している。 弘仁時代弘法大師ご駐留のとき感得された霊験偉大な大龍神を辯財天として祀ってある。 千数百年の間守護神として霊山寺を守護されている。